総桐箪笥製造元-桐里工房 桐蔵-創業明治45年(1912)以来桐に拘り桐に惚れ込み桐と語り合い桐と打ち合ってきた三代続いている職人気質な工房です…。


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2018年12月06日

大川家具の歴史と榎津指物の起こり[大正時代]

 ーーー大正時代の大川鉄道とはーーー     『大川には西鉄大川駅があった』No.1

大正時代の幕開けの[1912年(大正元年)12月30日]大川鉄道が、開業した…。
今の大善寺駅から大川市(大川町)の西鉄大川駅の間を結んでいた西日本鉄道(西鉄)の鉄道路線ですが、その開業の目的は、旅客の他に城島や大川で生産される酒や、大川の家具、畳表等の貨物輸送が主な目的であった…。

この鉄道開通により、大川指物の販路も、輸送範囲も格段に広がりました。


ーーー大正時代の大川指物ーーー

大正2年(1914年)第一次世界大戦が勃発、ーーー

この大戦時の四年間、及びその直後は日本中に好景気が沸き上がりました。大川の指物業界も、その好景気の恩恵を受けて、多くの家具の販売店が登場しました。

しかし大正9年にもなると、今度は戦後の不況が押し寄せ、日ごとに不況感が高まっていきました。

しかしこの様な状況の中、大川指物同業組合は、更なる努力を重ねて、品質の向上に努め、不況の波を乗り切る為の販売先の開拓や榎津指物のPRに乗り出します。

各地で開催される博覧会や、共進会、品評会等に、主な業者(問屋)の自信作の出品を積極的に進め。榎津指物の宣伝に尽力しました…。
この為に、近隣市町村に販路が広がり、大川鉄道の貨物輸送も手助けとなって、業者数もその従業員数、生産高も、共に好調な成長を続けて、この大正時代中期には、更に品質を向上させた榎木箪笥は、最盛期を迎える事になります。
posted by 創業105年の桐里工房 at 17:50 | 日記